Move A Needle

一歩前へ 軽やかに 針を動かす

革命前夜

音楽の力というものを感じたことはありますか?

あなたにとって、音楽とは?

今回はそんな話。

 

一期一会の音

それは突然流れ込んできた。

バッハのイタリア協奏曲

台所で洗いものをしていた手を止め、水を止めた。

そんなつもりは無いのに、涙がどんどん溢れる。

自分で自分に驚く。

音楽を聴いて泣いたのはあれが初めて。あんな泣き方は後にも先にもない。

泣くというより、自分の中にあった得体の知れない水が流れ出たという感覚。

ラジオの前に行きペタリと座り込んでしまった。

 

それは、大きなうねりのように始まる変化の最初の一歩だった気がする。

 

ただラジオを流しながら、食器を洗っていただけ。何か、特別悲しいことや辛いことがあったわけではない。

ただの日常。

何故?????

こころにたくさんの疑問符が並んだ。

 

今でこそ音楽の無い生活は想像できないけれど、当時は音楽がすごく好きという訳でもなく、クラッシックに至っては、音楽の授業で聞いたことがある、という程度でしかなかった。

 

以前の記事で、元々アウトプットの概念がなかったこと自分というものがよく分からなかったことを書いたが、恐らく、幼いころから、無意識のレベルで、人の感情には敏感なくせに自分の感情がわからないままに生きてきたことが関係していると、今では自分なりに分析している。

知らず知らず蓋をしていた部分が、音楽の力でこじあけられ、澱のように溜まっていたものが、涙となって外にあふれ出た。まさに、OUTPUTしたのだと思う。

 

どこかの国で演奏された、チェンバロの音色が美しいイタリア協奏曲。

もう一度あの音を聴きたいという強い衝動に突き動かされ、その音源を求めて、何軒もレコード店に足を運んだ(当時は沢山レコード屋さんがありました)。

お陰で、バッハだけじゃなく、ドビュッシーやラフマニノフの魅力も知った。

しかし、結局、あの曲と同じものはみつからなかった。

同じ曲なのに、音色が違う、リズムが違う、深みが違う。きっとあのイタリア協奏曲は、あの時限定、一期一会で出会った音だったのだと思う。

 

でも、今、意識を向ければ、頭の中でだけ、あの時の音を響かせることができる。

不思議だね、もう、30年近くたっているのに。

 

革命前夜と音楽療法

「革命前夜」という本を読んだ。

作者は須賀しのぶさん。

舞台は、1989年。ベルリンの壁崩壊直前の物語。

 

革命前夜 (文春文庫)

革命前夜 (文春文庫)

 

 

この本の帯に書かれているポップを紹介すると、

この国の人間関係は二つしかない。密告するか、しないか。

歴史×音楽×青春

絶妙すぎるバランスで読者を物語の世界に引き込む

圧倒的エンターテインメント!!

おもしろくないわけがない!!!

 

つまり、この本を読んだことがきっかけで、すっかり忘れていたあの時のことをありありと思いだし、冒頭の文章となった次第。

 

音楽療法…というものがあるけれど、本当に音楽の力はすごいと体感した出来事だった。

 

畳みかけるようなバッハの音楽は、超絶ハンドパワーを持つ整体師的なテンポと波長とで、凝り固まった硬い心をトントンしてくれた。

 

この本の主人公に起こった、そんな音楽療法的な部分を抜き出してみる。

僕はこのまま母が押し付けてくるピアノに押しつぶされて死ぬのだろうと思った。わかっていても逆らう気力もなかった。

それを救ってくれたのが、リヒテルの平均律だった。バッハの音楽に導かれて、僕は再び世界に戻ることができた。自分が目指すべき道が見えるということは、こんなにも心を安らかにしてくれるのだと知った。

 

自分の事に話を戻すと、

チェンバロの演奏をきいたあの時から、薄皮が一枚ずつ剥がれ落ち、外へ向いていた五感のベクトルが内向きにもバランスよく動き始め、私の人生はみるみるうちに変わっていくこととなった。

その数年後、「明日家をでます」と元旦那さんに告げて、私は家を出た。

一人でどうする?住むところは?生活は?

それこそ心に浮かぶたくさんの疑問符。

それらを一切無視して、ただ一つ考えていたのは、自分に恥じない生き方をしたいということ。

誰のせいでもない。

生き方を追及したら、その選択しかなかった。あとで人から何と言われようと、そんなものは言わせておけばいいと思った。

 

それは、私の革命前夜。

 

翌日から、とりあえず住む場所がみつかるまで、当時パート的に働いていたカウンセリング会社に身を寄せ、夜は絨毯の床に布を敷き、毛布一枚かぶって寝た。

何の資格も業績もないのに、ずうずうしくカウンセラーと名乗っていたあの頃。

思い起こせば、スガスガシイ程、世間のからくりを知らなかった。「甘ちゃんだね!」としか言いようのない、人生で初めての無計画的自立。

もう少ししたたかになろうと思っても、甘ちゃん体質から抜け出せず、

世の中はこんなにも厳しいと思い知ったあの頃。

そして同時に、世の中の人はこんなにも優しいと沁みわたった日々。

あの時代、あの日の選択があるから今がある。今の私の土台を作っている。

 

イタリア協奏曲ふたたび

こんなに情報網が発達した今の世界なら、あの時の音を見つけられるかもと期待して、検索してみたけれど、やっぱり見つからない。

でも、思いがけず、当時バッハに出会って聴きまくっていたグレン・グールドの若かりしころの映像を見つけて、かなりワクワク。

イタリア協奏曲のレコーディングの様子を映像化した、CBCのドキュメンタリー(第3楽章のみの短い動画、字幕あり)。

 

次は、同じドキュメンタリー番組の長いバージョン。字幕はないけれど、「そんなの関係ない!」の世界。

50年代のニューヨークの街並み、車、雰囲気だけでも面白い。

なんと言っても、このカナダ出身の若きピアニストの情熱が伝わってきて感動。

 

 

最後に、チェンバロの音色。

いくらYouTubeを検索しても、あの日のあの音色は自分の頭の中でしか再生できないけれど、それでいいのだ! 

 

 

最後に 

今回のブログは、何故かいつもの「ですます調」では書けませんでした。

大げさな表現かもしれませんが、私にとっては人生の革命。そしてそれにつながったイタリア協奏曲という、転機となった音楽。それを鮮やかに思いださせた一冊の本。

音楽と文字と映像、過去と現在とが交錯してしまいました。あっちこっちに飛ぶ頭の暴走を、あえて修正せずそのままに書き綴りましたので、わかりにくかったかと思いますが、

最後まで読んで頂きありがとうございました。

ではまた!