Move A Needle

一歩前へ 軽やかに 針を動かす

シンクしてる?

娘は映像関係の仕事で、長いこと海外に住んでいる。

 

今のコロナ禍、行ったり来たりの海外渡航は難しい。

で、週に1、2回、電話で声を聞く。

たわいもない日常をお互い近況報告。

 

そうすると、かなりの打率で出てくるのが、「シンクしてるね」という言葉。

 

シンクsyncとは、つまり、シンクロナイズsynchronizeやその名詞、シンクロナイゼーションsynchronizationの略。

ユングが提唱した心理学の言葉でシンクロニシティsyncronicity「意味のある偶然の一致」「同時性」シンクsync。

 

ここでちょっと語源の話

 

英語には、ちょっと長めで、堅苦しい感じで、気取った印象を与えがちな単語が数多くある。

それらは、語源がラテン語やギリシャ、ローマ系、フランス語から来ている言葉たち。

ちなみに、synchronizeはラテン語の語源。

 

そして、それとは対照的に、短めで、素朴でフランクな印象を与えることが多いのがゲルマン系の英語。

putとかtakeとかgetとか。

 

例えば、同じ「愛情」でも、affectionはラテン語系、 loveはゲルマン系。どちらを使うかで言葉の印象はかなり違ってくる。

 

学生時代、今言ったようなことを習っていて、

文学作品の中で使われる言葉の語源に着目して、作品の特色や登場人物のキャラクター研究とかをする分野があることを知った。

 

そこで先生が口を酸っぱくして繰り返していたのは、

英語が、このように、ちょっと難しめに感じる言葉たちと、素朴な語感を持つ言葉たちとに大きく分かれるのは、

1066年のノルマン・コンクェスト(ノルマン征服)という歴史的背景によるということ。

イギリス諸島にノルマン人が侵攻したことで、英語に大量のフランス語(さらに辿るとラテン語に語源を持つ)が流れ込んできたせいだということ。

つまり、言葉というものは、歴史と直結しているということ。

蒙古襲来とか、黒船来航とか、戦後GHQ占領とかはあったが、

本当の侵略というものを経験していない日本人の私、

当時20歳そこらの私にとって、

目から鱗の講義だったと思う。

 

これは私だけかもしれないが、ラテン語系の言葉は、その見た目のとっつきにくさとは裏腹に、一度意味を覚えてしまうと スッと頭に入ってきやすい。

逆に、短いgetやputとかのほうがうまく語感が掴めず、使いこなすのが難しいように思う。そのイメージをつかめそうで掴めないもどかしさ。ひたすら、プラクティスするしかないか!(ちなみに、practiceはラテン語系。)

 

話がだいぶ脇道にそれてしまった。

 

でも、機会があったら、ゲルマン民族の大移動とか、ノルマン・コンクェストの話とか、言葉と絡めて、書いてみたい。

 

やっと、ここで、話をシンクに戻すと、

synchronizeは、syn(同じ)+chrono(時)+ize(動詞にするための接尾辞)に分解できるので、意味は、「同期させる」、「同じタイミングで起きる」ということになる。

 

意味はわかった!だけど、そんな長ったらしい言葉を悠長に最後まで言ってられないぜ!ということで登場したのが、このsyncシンクという略語。日本語ではシンクロって言いますね。

 

略語にすることで一気に難しい感じが取れて、気軽になる。ラテン語系が一気にゲルマン系へ変身する感じ。

 

今日は、時空を超えて同時に起きる、syncな話を気軽にしたい。

 

例えば、前回記事で紹介した、My Octopus Teacherのドキュメンタリー映画について。

 

娘とのラインでの会話。

 

「タコさんの話、すごく良かったから、おススメよー」と話すと、娘が「私、ちょうど、タコのアニメ編集してるよ」となって、

「わぁ、すごいね、うちら、シンクしてるね!」という具合。

 

またある時は、「今お母さんが言ったのと同じようなことがそっくりそのままうちの職場でも起きたよ。登場人物もそっくり」とか。

 

「そう、その言葉!ちょうど今日友達からも言われたよ。びっくり!」とか。

 

話をしていくうちに、同じタイミングで同じことを経験していたことがわかって、結局最後は、いつも「シンクしてる!」となる。

 

 実は、娘との会話以外でも、周りにある、もっと沢山のシンクに気付きだしたら、キリがない。

 

ブログを読んで下さっている皆さんは、そんなことはないですか?

 

前回My Octopus Teacherの話をブログにアップした2日後、4月25日にアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞していたことを知り、自分で作った映画でもないのに、かなり感激して、再視聴。

日本でのタイトルは「オクトパスの神秘 海の賢者は語る」

 

二度目もやっぱり、良かった。やっぱり、感動。AWE体験再び。

 美しい海の森の中を泳いだ気分、再び

 

数年前のアカデミー賞作品、Shape of Waterシェイプ・オブ・ウオーターに通じるものを感じた。

 

なので、前回に引き続き、もう少し、この映画の話をさせてほしい。

 

タコはかなり知能の高い軟体動物。

認識機能の2/3はその腕(足)にあり、2000個の吸盤を別々に動かすことができるそう。

つまり、神経細胞はほぼ腕(足)にあるということ。

 

脳よりむしろ全身で感じて、考え、理解し、記憶する。その生態や知能など、研究中であり、実はわかっていないことも多いらしい。

 

オクトパス先生が身体中に美しい貝殻や小石をまとった映像はとても印象的で頭から離れない。まるで一つの芸術作品のよう。

 

イソギンチャクのように突起を出したり、岩の一部に同化したり、時には二本足で歩いたり、用心しながらも初めてのものに好奇心満々で、腕(足)を伸ばし触って情報収集したり、魚の群れと戯れたり。

 

主人公のクレイグ・フォスターCraig Fosterと彼女(オクトパス先生)の生は繋がり共鳴しあう。

 

彼女がサメにもがれた腕(足)の痛みに巣穴の中でじっと耐え、危機を乗り越え再生していく状況は、彼が自分を立て直し家族関係を修復していく状況と重なる。

 

シンクしている。

 

生きているもの全てが大きな自然の一部であり、全てが愛おしい、一瞬が尊い、タコのように全身で考えることが大切、自然への訪問者という意識を捨てて自然に溶け込めば世界が開けるとクレイグさんは言う。

 

今ある身体を精一杯使って、繋がりを意識して、生ききる。そして人生は美しい。そんなメッセージをこのドキュメンタリーから受けとった気がする。

 

私の中では、今年上半期みた中で一番の映画

 

次に、タコみたいなエイリアンとの遭遇とコミュニケーションを描いた、メッセージという映画を紹介。原題はArrival

ずっと前に観たこの映画をこのオクトパス先生からふっと思い出し再観。

Netflixで観れます。  ↓YouTubeでの予告編

 

octopusという英語はギリシャ語の「8」を意味するocto「足」を意味するpusで成り立つ。「8本足」という見た目をそのままあらわした言葉。ある意味、木が2つで林、3つで森というような漢字の成り立ちと似ている。

 ここで出てくるエイリアンはヘプタポッド。「7本脚」。ギリシャ語で「7」を意味するhepta「足、脚」を意味するpodから人間がタコと同じ発想で命名したもの。

ヘプタポッドはタコが墨を出すようにして円環の文字を出す。その円環一つで意味を成す言葉たち。

地球人と異星人とのコミュニケーションの過程は興味深い。

同じ言葉でもそれをどう定義しているかで大きな誤解も生じる。真に理解し合うとはどういうことかを私たちに問う。

 

そして、この映画の魅力の一つは時間軸の描き方だと思う。

過去・現在・未来が時系列に直線的につながったものではなく、並列的に同期して起こるシンクする

 

主人公の言語学者のルイーズは、過去を思い出すように未来を思い出す。

現在に存在しながら、未来や過去を経験する。

 

不思議だけれど、

もしかしたら真実はそうなのかもしれないと考えると楽しくなるのは私だけ?

 

時空を超えてシンクする ― そんなことを感じることはないですか?

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最後まで読んで頂きありがとうございました。ご縁に感謝!

ではまた!