Move A Needle

一歩前へ 軽やかに 針を動かす

人生の脚本

「人は皆、自分で書いた脚本通りに自分の人生を生きている」

 

この人生脚本という考え方は、カナダ出身の精神科医エリック・バーン氏が提唱した交流分析TAという心理学の中に出てきます。TAについては過去記事でもちょっと書きました。

長くて重い記事になってますけど(笑) よかったら、こちらもどうぞ。

 

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人生の脚本というものは、

無意識のうちに、知らず知らずのうちに、

幼少期に決めた基本的姿勢を土台に書かれるそうです。 

 

やったー!ハッピー!系の脚本もあれば、もう嫌になっちゃう系の脚本もあります。

 

後者のシナリオを紹介すると、

例えば

 

・「人生結局はうまくいかない」→何故か、肝心かなめの所で、失敗してしまう 

 

・「人は信用できない」→信用してたのに何故かいつも騙されちゃう

 

・「頑張らないと価値がない」→頑張って働いてきたけど、疲れたし、自分はダメだ

 

・「完璧じゃないとダメ、愛されない」→なんとなく満足できない、感謝もできない、失敗すると立ち直れない感じになる

 

とか…

 

こういうことが、本人は全く望んでる訳じゃないのに、全く気付かないうちに、ほぼ自動的に、粛々と進んでいって、あなたの人生の物語が出来上がっていくという考え方。

 

えーっ!と思ったあなた、大丈夫です、安心してください。

 

あなたの心をいたずらに分析して、脅かすために心理学はあるのではありません。

心理学に限らず学問や知識・知見というものは、幸福と解放のためにあるのだと思います。

 

たかが、脚本です。

いくらでも書き換えられるし、好きな物語をつくっていけばよいのです。

 

3歳児、6歳児が書いた筋書きに、いつまでも大人のあなたが乗っかっている必要はないと思います。

 

では、書き換えるにはどうするか?

案外単純な作業です。

 

無意識、つまり、潜在意識にあるものを、意識化する。

それが全ての始まりです。

まず、気付くこと。「ここに、こんなものがあるよ!」と見つけて、明るいところに出してあげること。

 

「白日のもとに晒(さら)す」ってやつです。

 

白日と聞いて、キング・ヌーさんの「白日」がグルグルしませんでしたか?

まっさらに生まれ変わって人生いちから始めようか♬

そうです、この歌詞の世界観です。

 

無意識の海に潜るにはそれなりに怖いし…潜水技術も必要だし…と足がすくむかもしれませんが、これも大丈夫です。

 

自分は安全な所にいて、そこから気楽に釣り上げればいいのです。

子どもの頃にやってませんでしたか?釣り糸に磁石をつけて、クリップ付の鯛やヒラメを釣り上げる遊び。

(でも、最初からクジラを釣り上げようとしないでくださいね。自分の手に負えない大物は、大物専門の業者さんに相談・依頼しましょう。)

 

釣れたら、ちゃんと見てあげて、今の自分に不要なものは、「今までありがとうね。お疲れさまでした」と言ってあげましょう。

だって、子どもの頃のあなたにはその人生の筋書きが必要で、大切で、自分を守ってくれると感じて、その脚本を書いたのだから。

だって、それがあったから、今の自分がある。

いろいろあったけど全て自分に必要だから、経験してきたのです。

「今まで守ってくれてありがとう。でももう大丈夫。もう自由だよ」とギューとハグして、古いシナリオを手放しましょう。

「  なーんだ、こんなこと考えてたのかぁ。」と白日のもとで眺めてみたら、案外アホらしくなるシナリオもあるかもです。

 

まず気付くこと

そのためには自分の外側にもう一人自分(今の実年齢の自分理性的な自分、自分のなかで一番優しい自分)を置いて、

客観視すること。←メタ認知とも言いますね。

 

次にやることは、

「いろいろ大変だったね、乗り越えて生きてきたね」「生きてるだけで丸儲け(これは、さんまさんの座右の銘らしい)」と自分にOKサインを出して認めること

「大丈夫だよ、お疲れさま」と労うこと

 

いきなり深海から陸に揚げられてビックリするかもしれませんが、水陸両用どころか羽根まで生えて、空に羽ばたいていくかと思いますよ。

そしたら、成仏するというか、光になって消えてしまうというか、そんな感じ。

 

今の自分にとってワクワクしない人生の脚本は断捨離しちゃいましょう。

まさに、あのこんまりさん流。ときめくものを残しましょう!

 

それが第一段階。

 

さて、第2段階。

さあ、これから、どんな人生の物語にしようか、と思い描きましょう。

物語の主人公はあなたです。

人生最期で思いっきり満足した自分を思い浮かべつつ、主役映画監督脚本家になって淡々と事務的にこれからの脚本を書き綴りましょう。

 

 「可能性はオープンエンド」と脳科学者の茂木健一郎さんも言っていました。

 

まず大前提として、自分の一番の理解者は自分、この人生の主人公は自分だと再確認することが大切ではないでしょうか?

自分を主人公にして、さあ、後はどんな物語にしていこうか?自分を思いっきりこの人生で遊ばせるぞ!という感じ。

 

この時必須で、ドラエモンの道具並みに頼りになるのが、ノートとペン

 

これまでの人生の物語を淡々と書き出して、これからのワクワクするような物語をノートに書くと、前述した、客観視というものが自動的にできます。

時々見返して、修正したり、書き足したり…気分は新進気鋭のシナリオライター

 

で、よく思うのが、失敗は人生の友達だし、教師だし、味変してくれるスパイスだなぁということ。

 

究極のところ

嫌になっちゃう系のシナリオも、自分の成長のために必要だし

選択肢は無限大だし

自分の人生、自分で引き受けていこう!という覚悟の筋書きさえあれば

どんな脚本でも問題なしNo problem!

大丈夫なのだ!これでいいのだ!

 

という感じで、自分の人生脚本のカラクリさえ楽しめちゃいます。

 

ズボラな反面、ときどき、完璧主義的な私。考えすぎて進めなくなること度々。

この考えすぎというか悩み過ぎを解消し、やさしく私の背中を押してくれるのが、ノート。

特に人生の脚本とかじゃなくても、何でもいいので、書きなぐるのが、私の常です。

誰に見せるわけでもないので、何でもぐちゃぐちゃと心の中で反すうしてることを書いてあげると、

あーら、不思議!ほんとに一歩前に進めます。

おすすめです(実体験)。

こちらの過去記事も読んでみてくださいね。

 

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自分の場合、30代後半に交流分析や他の心理学に興味を持ち、人生脚本という言葉をはじめて聞いて、へぇー、なるほどね、と思い、本を読んで勉強しました。

若い頃、ずっと気付かずに「犠牲者」としての物語の脚本を書いていたと気づかされ、愕然としちゃいましたよ。

それで、「もう、やめよう!」という感じ。「犠牲者は嫌だ」と心のなかで叫んでました。

そりゃあね、もしかしたら、小さい頃は、周りの環境とか、親とか、社会の慣習とか、そんなものに影響を受けてきたかもしれないけど、もういいじゃん!そんなことは!さっさと捨てていこうよ、もう大人なんだし!自分の人生だもの、自分で選んで腹くくっていこうよ!

と、自分の人生を客観的に認知し、人生脚本を書き直すと決断したのでした。

 

その時は「イヤだ!」なんて、否定的な言葉を自分のシナリオにぶつけてしまいましたけど、

 

振り返ってみると、

 

あの脚本が、わたしに沢山教えてくれた

育ててくれた

必要な役を演じさせてくれてありがとう!

 

と本当に感謝しか無いのです。

 

でも、人生劇場はこれからも続きます。

 

「目指すのは、愛の人」なーんて、照れまくりながら、過去ブログでも宣言しちゃてますもんね。

 

目指せ、愛の人生劇場の大女優(≧∇≦)

 

 

ですが、まだまだ、この年齢になっても、深海には、古くて重たいセリフを書いた脚本が泳いでいるんですよね。

 

「変な事言いたくない、恥ずかしい、黙って引っ込んでた方がいいんじゃね?」とか、

「あんたには無理でしょ!」とか、

「もうちょっと完璧に調べてからやったほうがいいんじゃ」とかいうセリフ。

 

そういうものをせっせと毎日釣り上げて、

「今までありがとうね、でも今は必要ないかも。バイバイね!」とポイしちゃってます。

 

まだまだ続くよ、こころの断捨離

 

写真は無意識の深海のイメージが降りてきて描いたニードル画伯の絵。

幼少期の絵ではありませんよー。当時40代の大人が描いたもの。

思い切って白日の下に晒しちゃいます。これで成仏できるかな?(笑)

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最後まで読んで頂きありがとうございました。

ではまた!